伝伝即飽

私の中で話題になっている事柄をお届けします!(※まとめサイトっぽいけどただの個人ブログです)

「リアルガチャ」って言ったら「ガチャは元々リアルだろ!」と言われてビビった

ネット(ていうかアプリゲーム)が進化しすぎて、この当たり前のことが失念してて自分にビビるよね。

当ブログでも過去に「リアルガチャ」とかいってFGOウエハースを買ったりしてたけど、

そういえば元々「ガチャガチャ」はリアルしかなかったのに・・・

我々はいつの間に「アプリゲームのキャラクター召喚システム」のことを「ホンモノのガチャ」と認識してしまったのだろう、と。

 

こういう風に、前時代では考えられなかった事態がじわじわと日常に侵食してんだなあと思うと怖い。なんか、洗脳されてんじゃないか。って。

 

リアルガチャ以外だと、「スマホ」とかね。

だって、いわゆる「パカパカケータイ」通称「ガラケー」だって、

当たり前に「ケータイ」って言ってたのに、

我々がしらん間に、「ガラパゴスケータイ」とか呼ばれ出して、

それがしらん間に、世間に浸透して、

しかも「黒歴史」みたいな扱いになって、

現代でガラケー使ってる人はダサイ、みたいな認識まで持たれるようになって・・・

 

嘘だろオイ・・・ってことがありすぎる。

 

「着メロ」とか、

「写メ」とか、

ガラケー時代に当然のように使用していた言葉は今は新しい言葉に成り代わってるんだ。

「写メ」=「インスタ」はまだ、分かる。「まだ」だけど。

「着メロ」なんて消滅してんだけど。どうしてくれる。

なんなら、「着うた」というのを平成生まれは知らないとかまである。

 

なんか、こう、如実にジェネレーションのギャップを感じる。これがおっさん化か・・・って感慨深い。

 

今の子は、スマホがない生活は考えられないらしい。

平成初期の頃、っていっても本当につい20年前くらいまでは、

ケータイもなかったし、

好きな子に連絡取るときも、家の電話から相手の家に電話かけたり、

そして、相手の親御さんが出て気まずくて無言のまま切ったりとかね。

 

告白するのだって、当然、ラインは愚か、メールなんてできない時代だから、

手紙とか、直接呼び出してとか、

そういう甘酸っぱい経験、ないんでしょ?

そら、簡単に離婚するわ、って思う。関係ないかもだけど。

当時も、いわゆる「アバズレ」みたいな人はいたけれど、

恐らく現代の子ほど、数はそんなにいなかったと思いたい。

 

便利である一方で、

多分、いざ「スマホ(ネット)使えない状況」に陥ると、発狂すると思う。

それを考えると、とても大変だと思うんだよ。

投稿主はそのちょうど板挟みの世代でね。

ネットが普及してきたのが、高校生前後だったかなあ。

ケータイをはじめて持ったのが高校生だったからね。

中学時代は、ちょっと裕福な家の子がいわゆるガラケー持ってたり、

なんなら、「PHS」が主流だった時代に多感な時期を過ごしてるの。

パソコンを自分で持つようになったのは高校生~成人頃だったからね。

ネットがない時代と、ネットが当たり前になった時代の両方を経験してる。

だから、どちらにも良かった点があり、「うーん」と思うところがあるのも分かる。

ネットに慣れた今だと断然「いま」のが、便利だし、たのしいけどね。

 

ネットがなかった小学生時代でも、全然たのしかった。

ニンテンドー64でスマブラやったりしたんだよ。

マリパーとかも、やりすぎて、手の皮めくれる事故おこしたりね(イカダ乗って遊ぶやつ)

外でも、頭おかしい男児(年上)になぜか公園の周り何周も走らされるというイジメを受けた一方で、

鬼ごっこ・かくれんぼなどの一般的な遊びから、水風船や爆竹で走行中の車をビビらせるなど完全にDQNな遊びやったりしてたし。

あと木登りも平気でやってた。今考えると身体能力ちゃんとあったんだな、と思う。

 

自分じゃあまり自覚できてなくても、時代は確実に変化してんだなあ、と感じる。

もう思考が完全におっさんだもん。そら体すぐおかしくなるわ。やだなあ。

 

いま10代の子たちはピンとこないと思うけど、

30過ぎると恐らく、なんとなくでもこの感覚が理解できるようになるからね。

そして、若いからこそできることとか、

ある程度、色々経験した30代だからこそ、やれることとかもあることに気付く。

 

投稿主の場合、文筆業は、20代のうちではできなかったと断言できる。

だって、当時書いてた文章、ボロボロだもん。読み直してて、なんだこの言い回しは、とか、辞書ひけや、って言葉、めっちゃあるからね。

そういう、昔の作品を見返してみて分かる。

文筆に関しては、「いま」のが確実に上達してるし、自分の「味」が出てると。

若いうちは経験が浅すぎて、本当に「浅い」ことしか考えられてなかったなあ、と。

 

だから、「いま」を大事にと口を酸っぱくして言うのだ。

「いまできること」をたくさんやって、

「年を取らないと(経験を増やさないと)できないこと」に思いをはせる。

 

また文筆を例に出すけど、

よもや自分が文筆業を本職にできるなんて、微塵も考えてなかった。

それこそ、去年の今頃。

別の仕事やってて、その仕事も面白かったけれど、やっぱなんか、違うんだよ。

もっと自分に合う仕事ないかなあ、と探すこと20回以上(※投稿主は非正規でこの10年20社以上を転々としています)(※色々やって自分にあう仕事見つけたい、という想いが根本にあるため)

 

やっといまの仕事を見つけた。

でも、何度もいうけど、10年前、5年前では、いまの仕事は無理だったと思う。

気持ち的にも、作業的にも、能力的にも、環境的にも。

いまは、「すべてがたまたま、ハマった」からできてるだけ。

そういう状況に気付いたら、

これを「しあわせ」と言わず、なんという。

 

5年後、10年後、どうなっているかな、って考えるの、ちょっとたのしいよ。

車、空飛んでるとおもうし。

日本でも、「安楽死」、はじまってるかもしれない。

だって、そうじゃないと、

もう、「人手」足りないからね。介護の現場も、受け入れ先も。なにもかもが対応できなくなる。

若い人が、何十人の老人を面倒みれっていうの。

物理的に不可能だから。

「安楽死」は、確実に導入されると見込んでる。

相当な課題を乗り越えないと実現しないと思うけどね。

 

リアルガチャの話から安楽死へ飛躍するわけの分からない脱線をした。

いつものことだ。大丈夫。

 

ただ、未来を考えるのはたのしい。

これだけが言いたい。

 

眠い(現在時刻25:45)おやすみスヤァ・・・

 

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