伝伝即飽

私の中で話題になっている事柄をお届けします!(※まとめサイトっぽいけどただの個人ブログです)

生きる黒歴史?上等だとも。好きなことしてこその人生じゃろがい!!【3,000字の独り言】

などと供述しており

 

好きなことっていっても、無論、犯罪とかダメですよ。

 

こう、いうなれば、創作活動といいますか。

 

なにかを生み出すのがたのしいので、そっち系を中心に活動しとるだけです。

 

 

私はむかしっから、そういう系の趣味を持っていたので、

 

私自身のこの感覚が、最近になって、世間と違うらしいと気付いたのです。

 

そのきっかけというのが、ツイッターで見かけた言葉。

 

(該当のツイートが分からなくなったのでうろ覚え↓)

 

ふつうの社会人は、同人作家などのように帰宅後に絵や小説を書かない。

そのため、飲み会とかで飲みニケーション取るのが一番の楽しみ。

同人作家は帰宅後、寝る間も惜しんで作品をつくるけど、

ふつうの社会人は、帰宅後、テレビ見るかスマホいじるかしかやることがないため、

夜更かしとかそんなにしない、らしい。

 

的なね。

 

 

そーなのかー。と、おもいました。

 

だから私夜更かし気味なのかーと。

 

確かに、実家いたころとか、親御さんもね、23時には電気消して寝てました。

 

一方私は、25時近くまで起きてました。

 

創作活動だけでなくゲームとかもやってたりしますが、最近も日付が変わってからしか寝てない。

 

だから昼間あんなに眠いんか・・・納得。

 

 

いつか身体壊すんだろうなとは思うのですが、

 

創作活動はね、やめられんのです。

 

たのしいからです。

 

創作活動の一環として、このブログの記事作成も含んでるんですが、

 

文章書くの、すごくたのしいんですよ。

 

とりとめもない頭の中の想い、吐き出したいんです。

 

普段ね、アドリブが苦手すぎて人との会話が絶望的に下手なんですが、

 

一方で文章作成って、こんなにすらすらできちゃう。

 

口から出る言葉は一度言っちゃうともう取り消せないけど、

 

文章なら、一度書いて推敲して、ってできるから、

 

あ、まずい表現かも、ってことも、気付けるわけです。

 

文章、最高。

 

 

私が文章作成に関して、なんかしらんが人より夢中になって継続してるってのは以前も記事にしました。

 

過去記事

www.dendensokuhou.com

www.dendensokuhou.com

 

なのでね、

 

個人ブログとかにありがちなんですけど、

 

作ってみたものの継続できず最終更新が数年前、なんなら記事数も一桁など。

 

・・・なぜそうなる?

 

と疑問を抱くのです。

 

いやね、だって、書きたい事わりと尽きないですけど私。

 

日々頭のなかのこと文字に起こす作業、こんなにたのしいこともないのに。

 

活動記録、的なものだと苦痛になるかもですけど。

 

頭に思ったこと書き綴るという、こんなにおもしろい行為もなかなかないですよ!と。

 

 

言いたいけどこの言葉は届かない。だってきっとネットもろくに見てない手合いだもの。しゃあない。

 

 

しかしながらですよ、

 

私がここまでのびのび活動できるのって、

 

つまるところ、知人友人に干渉されないからってのが大きいんですよね。

 

こっそり閲覧されてるのは分かってるんですが、

 

私にコンタクト取ってくる人、ほぼいなくなりました。やったね。

 

もちろんそれは私が「感想とか言わなくてよいので」的なことを言って釘刺してるのもあります。

 

そもそも、ガチで私と近しい人くらいにしか特定できる要素を書き込んでないのもあるとは思いますが、

 

あと管理人が30000人くらいいるのもあるしね。ドンドン増えてく。すごい。

 

 

なんべんも申し上げてますとおり、

 

人付き合いがとっても苦手なので、

 

各種コメント欄も基本完全閉鎖していますし、

 

たまにメールフォームで失礼な人から仕事の依頼(無償)がくるとかありますけど、

 

そういうのも無視していたりなど。

 

極力人との接触を絶っているからこそ、ここまで好き放題自由にできるのです。

 

ふつうの人は、フレンドとか作りたくなるらしいんですけど、

 

私はそれがダメです。

 

コメントしたり、コメント返されたり、

 

そういう「交流」が、義務にしか感じなくて、

 

それが嫌でミクシィもフェイスブックもツイッターもアカウント消したり逃亡したりしました。

 

義務感を感じるともう全部だめになるので、今後も交流とか・・・極力避けます。いえええええええええええええええええええええい

 

 

なんの話だ。黒歴史の話か。

 

いまやってるFGOのイベント、エピローグでね、

 

北斎ちゃんが言ってたんどす。

 

「人には誰しも、若い頃にちょっと恥ずかしいことをやっちゃうものだけど、

 

それ含めて人生ってもんだろ。

 

それに、そういう思い出も、悪くはない」

 

的なことを。

 

若い頃の恥ずかしい事=黒歴史

 

とネット民は呼んでますけども、

 

本人が納得して、すべてちゃんと責任負えると言い切れることであれば、

 

それは「黒歴史」じゃなくて、「経験」でしょ、と思うのです。

 

糧になる経験です。

 

私にはなにが無駄な、糧にならない経験かはよく分かりませんが、

 

あれかな、

 

中学生時代に眼帯したり漫画のキャラ真似てクールぶったりとか、そういうのなら「黒歴史」と呼んでいいのかもしれない。

 

じゃあ「糧になる経験」がなにかというと。

 

イベントに参加するとか、なんらかの企画を立ち上げるとか、

 

少し前に話題になってた「小学生YouTuber」の子も、あれもある意味「糧」になることだとは思うんですよね。

 

批判殺到されまくってましたけど。

 

でもそれは、「将来が心配」という建前の、「自由にできて羨ましい」という妬みの感情が本音にあると思うんです。

 

誰だって憧れることだと思います。

 

勉強やらず、学校にもいかず、好きにしていいよと親に言われる。

 

周囲の人は「それはまずいだろ」と、

 

「絶対将来後悔するだろ」と言っています。

 

でもねえ、

 

いうて、小学生じゃないですか。

 

まだなにもわかってない10代の子。

 

少なくともね、

 

20代までは、人生いくらでもやり直しききますよって。

 

なんなら努力次第で30代でも。

 

げんに私は30前後からの再スタートでしたし。

 

好きにいきる!って意気込んだのなんてつい1~2年前ですし。

 

なんとでもなるのです。

 

いまもう記事消しちゃったけど、

 

「はず理論」とか、「死活問題」で考えれば人生なんてとても楽に物事決められますよ、って。

 

「~~~だから、~~~のはずだ!」というポジティブ思考=はず理論

 

「この選択をしても、大丈夫。死ぬことはない」という、死活問題。

 

多少失敗しても修正可能なのが、「若さ」の最大の利点じゃないですか、って。

 

身を危険にさらすような真似だけ避ければね、

 

なんだってやってみるほうがいいのです。

 

経験こそ最大の武器ですし。

 

他人がね、

 

「お前のやってることは黒歴史だ」と言う資格はないのです。

 

「お前は恥ずかしいやつだ」なんて、言うべきじゃないのです。

 

それにいつか本人が気づくときが必ずくるのですし、

 

それが負の遺産になるか、将来の武器になるかは本人次第なのですから、

 

本人の成長の余地を奪うのは、だめです。

 

 

て、私は思いますけども。

 

犯罪に走るよりは、自己満足で黒歴史刻んでるほうがよほど健全なんですよって。

 

最近そう思います。

 

黒歴史っつったら、

 

毎晩、繁華街で酔っぱらってる若者やオッサン、

 

あれも十分黒歴史刻んでますやん、って言いたいですけどね。

 

オタクが痛いことやってるより、

 

泥酔した人が騒いでるほうが何千倍も、迷惑だと思いますし。

 

くさいし、うるさいし。

 

 

どっちがマシとか悪いとかそういうんじゃなく、

 

人に迷惑かかってるかどうかって点だけ考えたらさ、

 

べつに、オタクが多少黒歴史もってても、恥ずかしいことじゃないのではないかな、と。

 

そう主張していきたい。

 

 

 

と思うオタクゴリラであった。フォカヌポゥwwwwwwwww

 

 

 

 

 

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