伝伝即飽

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【小話】僕がめがねをかける理由

趣味で書いてる小説。再掲。

 

僕がめがねをかける理由

 

 僕は昔から目が悪い。だから、眠るとき以外は常にメガネかコンタクトレンズを着用している。しかし、目が悪いと言っても裸眼で物の輪郭や色の識別くらいは出来るので、多少、矯正器具がなくともなんとかなる。けれどそう滅多に裸眼で出歩いたりはしない。足元がよく見えないので危ないという理由ももちろんあるが、最大の理由はそれじゃあない。
 僕は幽霊が見えるのだ。裸眼のとき、ぼやけた視界の中に、人ならざるものが(あるいはかつて人間だったものが)、その輪郭ははっきりしないものの、確実に見えてしまう。普段からも裸眼では人の姿などはっきり見えやしないので、見間違いだと言われるかもしれない。確かに、確証はないことだ。なにせ、すべてがぼやけて見えているのだから。けれど、その異質なものは、人特有の重圧感や温かみが一切感じられない。動きもまた、人には真似のできない挙動であったり、ぼんやりとした世界で彼らは確実になにかをしている。
 今しがた確証がないとは言ったものの、実は僕が幽霊だと断じた理由が一つだけある。メガネをかけると、それらが途端に消え失せるからだ。先ほどまで確かにそこにあったであろう影も姿も、メガネをかけた鮮明な世界には映らない。それが一度や二度ではなく、裸眼で町を歩いていると頻発するのだから、これを幽霊と思わない理由がない。なので、僕は大抵、常にメガネやコンタクトレンズをつけているのだった。

 朝の通勤時刻、地下鉄のホームで立っていると、視界の端に人が歩いてくるのを見た。視線に捉えているわけではないのでどんな人物かまでは覚えていないし、よく見ていなかったのだけれど、その人は突然、線路へと転げ落ちたのを確かに見た。風が巻き上がり間もなくホームへ電車がやってくる、そのタイミングだった。女性の悲鳴が上がった気がした。皆、居合わせた人は茫然としているようだった。僕もその一人だったのだが、汽笛の音で身体が飛び上がる感覚を自覚する。
 間をおかず赤いしぶきが霧散する。人の悲鳴が非日常感を際立たせたが、恐ろしいのはこのあとだった。
 確かに線路へ落下したはずの人がいた。それなのに、遺体どころか肉塊一つ残っていなかった。大勢が見たという血しぶきらしき赤い痕跡もどこにもない。ただ、原因不明のまま地下鉄●●線は、遅延した。
 思い返せばあのとき、あの人はなにかに突き飛ばされたようにも見えた。けれど、突き飛ばされた人も突き飛ばした人も、どちらもはっきりと覚えていないのだ。なので僕はあの出来事を、暇を持て余した幽霊たちの遊興の類と思い込むことにした。そして不思議なことに、このネット社会にも関わらず、検索しても誰一人として、あの時の出来事を投稿していなかったのである。考えると余計に恐ろしいことに気づいてしまいそうだったので僕は、この件は墓場まで持っていく予定だ。

 メガネなどがないとろくに景色も見えない人は、きっと少なくないだろう。そして君たちもまた、裸眼のぼやけた世界で、一体なにを見ているのだろう。本当にそれが人であると確証できるのだろうか。生きたものでない可能性を考慮したことは? 世の中、気付いていないだけで実に不思議な出来事は、思っている以上に身近にあるものだ。そして僕自身も。むしろ、僕のほうこそが死者の世界にいるのかもしれないなんて、そう思うこともある。いずれにしても主観でしか語れない出来事だから、僕が何者であるのかはまたいずれ、ちゃんと考察してみたいと思う。

25Mar2019

 

 

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